ますだ/ペンネームCの日記です。06年9月開設
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「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」がすげえ面白いらしい。
なんか、観にいった人の大半が褒めまくってるんだよね…… 単純明快、これぞ娯楽の王道、ストレートにロボットアニメとして楽しめる、という意見が多い。 う、うーん…… 不気味で、ウツウツした部分まで含めてエヴァだと思っていました。 14年前、テレビ版のエヴァを夢中になって見ていたときは、「普通のロボットアニメとしての面白さ・カッコよさ」なんてぜんぜん求めていなかった気がします。 この見たこともない奇怪な作品はどこに転がっていくんだろう、という期待がありました。はっきりいって、当時の私にとってエヴァンゲリオンは娯楽ではなかったのだと思います。 「人知を超えたモノとの接触」「理解できないから凄いんだ」みたいに感じていました。だから普通の娯楽物語のパターンから外れ、シンジは成長せず、謎が明かされなかったとしても気にしなかったんです。 「よくできた、普通の話」になっていたら、それはそれで、なんか違うな…… あと、面白いと思ったのは、ネットの一部(ふたばちゃんねる等)で、碇シンジが「シンジさん」と呼ばれつつあることです。 今回の劇場版を見ると、さん付けしたくなるんだそうです。 そうか、かっこいい男になっちゃうのか、シンジ。 さびしいなあ…… いつまでたっても成長せず、それどころかストーリーが進展するほど甘えて壊れていくシンジは、二十歳ごろの私の救いでした。もしシンジが多少なりとも勇敢で前向きな人間だったら私はエヴァを好きにならなかったと思います。 「成長しろ」というのは「自分を世界に合わせろ」ということです。 「世界が間違っている」と信じている人間にとっては物凄く嫌なことです。 たとえば、イジメられっ子に対して、「頑張って強くなってイジメに勝て」というのは、現実的な対処でしょうが、残酷なことでもあります。 つまり、「強くなれなかったらイジメられ続けても仕方ない」「つまり相手は悪くない、お前の怠惰が悪い」と言われたような気がするんです。イジメる側は口を揃えて「俺たちがお前を鍛えてやっているんだ」「俺達のおかげで、お前は正常な人間になれるんだ」とほざくわけですから。あいつらの言い分は正しいのだと言われた気がするのです。 私は昔、そういう類の説教をしてくる人間を激しく憎みました。 たとえ強くなって幸せになっても、それは自分と全く連続性のない「向こう側に行ってしまった、汚い自分」の人生だから僕とは関係ないと。 何一つ変わらない自分自身のまま幸せになれなければ意味がないと。 成長物語なんて、ただひたすら憎悪の対象でしたよ。 今では「それは不可能だ」「考えても仕方の無いことだ」と諦めています。 そもそも、世の中のたいていのことは「自分も世界も、両方悪い」のであって、どちらか片方の非を認めたから反対側の正しさが証明されるわけではない。二者択一という前提自体が間違っている。 そうなんだけど…… でも1995年~1997年、旧エヴァンゲリオンを見ていた私は、いつまでもメソメソと泣き言を言っているシンジに、それを描いてくれるエヴァという作品に、おそらく魂を救われていた。この作品だけが私を理解して、肯定してくれていると思っていた。「君はダメなままでもいい」と言ってくれる存在はこの世でエヴァしかなかった。 だから、そんなダメシンジが別人になるというなら……「こっちが本物のシンジです」という扱いになるというんなら……私は……どういう気持ちで観にいけばいいんだろう…… PR
無題
気持ちはすげーわかる。
が、今回の破はそんなEOE(エンドオブエヴァンゲリオン)にいつまでも自分を投影してEOEのラストの海岸にシンジと共に成長を拒否し、いつまでも引篭もってるファンを目覚めさせるまさの救済の大傑作だった。EOEが好きなら間違いなく劇場で見てほしい。これはアニメーションのターニングポイントだ
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>ココさん
コメントありがとうございます。 その後、観にいきました。 おっしゃるとおり、観た甲斐はありました。 「シンジが全くの別人になった」という話ではなく、「内向性などの性格はそのままでも、頑張れた。頑張れる理由があった」という話でした。 成長=過去の自分を捨てること だとは限らないという良い例でした。
無題
10年経って成長無しか、気持ち悪い。
無題
>NONAMEさん
はじめまして。コメントありがとうございます。 成長かあ……なんなのでしょうね、成長とは。 誰かにとって成長は、別の誰かにとって、「絶対譲れないものを捨てて汚れる」ことです。 でも、今回のシンジは、きっと、「成長が汚れかもしれない危険性」を知った上で、それでも前進しようと試みるでしょう。 アクティブです。
成長
通りすがりコメントです、失礼します。
僕は言い訳して逃げ回る人間も居たって良いじゃないかと考えています。 そういう今まで誰も描きたがらなかった人間や物語を徹底的に綿密に描いたからエヴァンゲリオンという作品がヒットしたのでしょう。 アニメ世界におけるマイノリティを描いたのがエヴァとも言えます。 アニメの世界では弱い主人公は成長して当然という暗黙の了解がありますが、それを真っ向から否定していった富野監督(ガンダムの作者)作品があり、そして庵野監督のエヴァンゲリオンに続くのです。 マイノリティが時代を先行する世の中だからマジョリティはただのマイナーチェンジしか出来ない量産型だと言えるでしょう。 突然ですが、自分が変わる=世界に合わせるという考えをお持ちのようですが、そこでの成長は「世界に合わせる」成長でしょう? そんな成長は必要ありません。 「世界に合わせない」成長が自分という存在を殺さない成長だと僕は考えています。 要は今の自分や、自分の思想を更に深く掘り下げいき、自分を研究していく過程で成長するというものです。 それは自分を殺すどころか、更に深めていくという一石二鳥な努力と成長です。 自分の事など他人(親でさえも)には全くわからない事なのだから、自分を研究するのは自分しかいないという事です。 長文失礼しました。
無題
>ゼゲンさん
コメントありがとうございます。 「自分を変えない成長」は理想ですよね。 「世界に合わせるだけの成長」は、一時的にはいいでしょうが、恐竜のようなもので、世界の環境が激変したときには滅びにつながると思っています。 だから確固たる自分も持っていなければいけない、自分の持つ好きなもの、大切なものを捨てる必要は無い。 ないんだけど…… 余裕を失っている人が多いですからね。 「いますぐ自分を変えて世の中にあわせろ! そうでないと人間扱いしてやらないぞ! お前が生きることを認めないぞ!」 何度言われたことか…… 歴史に名の残せるような人は、きっとそれでも屈しなかった人なのでしょう。 少しでも近づきたいものです。 |
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