ますだ/ペンネームCの日記です。06年9月開設
ウェブサイト「カクヨム」で小説書いてます。
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伊藤計劃の「虐殺器官」「ハーモニー」を読んだ。
すごい小説だった。 これがSFだ! SFでしか書けない、「人間ではなく人類を扱った小説」だ! たった一つのアイディアで世界がぐるんとひっくり返る、衝撃の物語だ! どっちも面白いけど、この2作品は明らかに対になっているので、たぶん前編後編でもあるので、両方とも(できれば虐殺器官を先に)読むとさらに刺激的かと。こいつらのやろうとしたことは正しいのか、でも気持ちはわかる、私の立場としてわかってはいけないんだけど、わかる! みたいなことが頭の中をグルグルしてます。 「虐殺器官」あらすじ。 近未来。アメリカはテロとの戦いを続けていた。米軍の特殊部隊員である主人公クラヴィスは、さまざまな作戦に投入されるたびに、「虐殺や民族紛争の現場には、かならずジョン・ポールという男がいる」と気づく。この男が現れるや否や、その国に虐殺の嵐が吹き荒れるのだ。クラヴィスたちはジョン・ポール捕縛を命じられるが、必ずジョンは逃げてしまう。なぜ彼は捕縛できないのか。そして彼は何故、どうやって虐殺を引き起こしているのか。クラヴィスは母親を殺したトラウマについて苦悩しつつ世界を巡ってジョンを追い、すべての答えを知る。そして彼が最後に決断したことは! この虐殺器官もたしかに面白いんです。肉体強化などのSF技術を入れつつ、ぎりぎりサイバーパンクにはならないリアリティが凄い。そして明らかにされる根本アイディアが凄い。 いや、ネタ的には新しいわけではないと思う。川又千秋の「幻詩狩り」とか、あと藤子不二雄の「間引き」に出てきた台詞。「愛は、人類が生き残るために獲得した能力に過ぎないんじゃないか? 人口過密の現代では邪魔な能力なんじゃないか?」というあの台詞を連想した。 でもアイディアが実際に物語になっているのを見ると「ガーン! 言われてみれば!」というコロンブスの卵的ショック! 「ハーモニー」あらすじ。 時は21世紀後半。人類は核戦争の時代を生き残り、「生命こそ最高に価値がある」という「生命主義」の社会を構築していた。病気や犯罪はほぼ根絶され、人々は体に監視機械を入れて、機械の指示するがままの生活を送り、たがいに思いやりあって生きていた。 その優しい世界を息苦しいと感じる者もおり、主人公である少女トァンは友達に誘われて「世界に反抗するために自殺しよう」とする。ところが友達だけが死んで主人公は生き残ってしまう。 月日は流れ、大人になったトァンは遺伝子犯罪などを取り締まる監察官となり、わずかに残っている危険地域を巡ってささいな悪徳にふけり、解放感を味わって現実との折り合いをつけていた。 ところがあるとき、「全世界で何千人もの人間が同時に自殺する」という事件が発生。 「完全に管理された安全な社会」は未曾有の惨劇に大混乱し、崩壊の危機。 トァンはこの事件を捜査するうち、死んだはずの友人の影を見る。そして世界、いや人類社会をひっくり返す計画「ハーモニクス」を知る。彼女の決断とは! どっちも決断で終わるのかよ! って? いや、その通り、主人公の決断で話が終わるんですよ。 こんな巨大なことが個人の「想い」(恋愛感情や友情、トラウマ等)で決まってしまっていいのかな、という罪悪感はあるんですが、でも、マクロとミクロが「ちゃんとした理屈で直結している」という強烈な感動を覚えました。 ハーモニーの何が凄いって。 生命至上主義社会の薄気味悪さ。「酒は禁止、タバコも禁止、肥満は社会への裏切り、暴力や不道徳を描いたフィクションは封印、もっと安全に生きなさい……」と機械に管理される社会。法律で強制するまでもなく、それをみんなが常識として受け入れている社会。 気持ち悪いけど、「これは私を含む人間が心のどこかで望んでいる社会なんじゃないか。最大公約数的に世界はこっちに向かっているんじゃないか」という予感もします。私などは「自由と自己責任の社会は過酷過ぎる」とネットに書きますが、自由と自己責任を否定するなら、行き着く先はこの小説のような「機械が一生、手取り足取り指導してくれる社会」「強制的な優しさの世界」になってしまう…… で、さらに、そんな世界が急展開に継ぐ急展開で……人類の終局が……ああ! ネタバレが恐ろしくて書けない! でもこれを読んだとき、私の頭の中に何が去来したのか、なら書ける。 「私が5年も10年もかけて、小説だけじゃなくて掲示板でもリアル会話でも伝えようとしていたことが、たった1冊の小説ですべて表現しつくされてしまった……!!」 この絶望と快感がゴチャマゼになった衝撃! この足元が揺らぐ感じ! そう、私はずっと前から言い続けてきた。 「イジメは空気が原因だ、格差社会も空気が原因だ、どこが政権をとっても、法律を変えても、世界に陰惨な空気が満ちている限り変わらない、私の敵は空気だ」。 「空気」というのは「空気読め」の空気であって、人間の心の中にしかないものだ。物理的実在じゃない。マイナスイオンとか波動とかそういう話をしているんじゃない。人々の心にある戒律や原理のようなものだ。だがその場を支配し、人間の自由意志よりも上位にあるものだ。間違いなくある。あるんだ。 それが、私がずっと伝えたかったことが、この小説にはとてもわかりやすい形で描かれている。私はコレが言いたかったんだ、と考えればすべてすっきり筋が通る。どうして自分にはコレが言えなかったんだろう。 人は何故争うのか、人はなぜ絶望するのか、人は何故、楽園を築けないのか、という究極の答え。 そして「ならばどうすればいいのか」という、シンプルで美しい答え。 だから、物語の終盤でこの物語がヒューマニズムの限界を打ち破った瞬間、電車の中で読んでいて涙が溢れてきた。こんなに美しくてこんなに恐ろしいラストがあるか。私の心は「感動するべきだ」「これはダメだ、ダメなんだ」と相反する想いに引き裂かれていた。私は泣きじゃくりながら現場について警備に入った。あんた怖いわ。 とにかく「すごいものを読んだ!」。 あと、桜坂洋&東浩紀の「ギートステイト」が中断しているのがとても残念。 ギートステイトは、ぜんぜん別の切り口から、「ハーモニー的な世界」、「ハーモニー的な物語」を描いているので、ぜひ最後まで読んで、読み比べてみたかった。ギートステイトの世界はハーモニーの世界よりだいぶ多様性があって住みやすく見えますが、それは程度問題ですし、方向性は似ている。いかなる技術によってそういう世界が可能になったか、というのも似ている。 うーん……「社会と、それに適応できない人間」という明確な2者対立があるハーモニーに対し、「対立と愛憎が入り乱れ、どこが中心なのかまったく判らない」多元物語ギートステイト。いや、この1点が違うだけでぜんぜん違う話だな。それにギートステイトの方が古いぞ。とにかく惜しい! ハーモニーと出会って、ますます感じたギートステイトのもったいなさ! ふうふう。 感想を書くだけで3時間もかかりました。 PR
今更かもしれないですが
山本七平という人が書いた『空気の研究』を読んでみると面白いと思います(ご存知かもしれませんが)
無題
>ニノツキさん
レスありがとうございます。 山本七平は、日本軍の体質に関する考えなどが、わりと私と一致します。その本も読んでみます。 |
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