ますだ/ペンネームCの日記です。06年9月開設 ウェブサイト「カクヨム」で小説書いてます。 こちらです https://kakuyomu.jp/users/pennamec001
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カクヨムに参加してから11日。
 アクセス数は、13作品で219。
 作品一つあたり15くらい。
 しかも増えたのはアップした直後だけ。
 でも仕方ない。
 たった219アクセスでも、「SF」の「週間ランキング」36位。
 137作品で36位……
 悪くない数字、もっと少ない人もいるってことか。
 しかし、このランキングがどういう基準で決めてるのかわかんないな。
 アクセス数だけではないみたいだ。
 基準を明確にしたら、ルールを悪用してランキング上げる人がかならず出てくるから、明かさないでいるってことかな。

 まあとにかく。

 まだ物足りないけど、それでも読んでくれた20人の人たち。
 書評を書いてくれた方、ありがとうございます。


 小説投稿サイト「カクヨム」に参加します。
 まず短い小説を投稿します。
 https://kakuyomu.jp/users/pennamec001こちらです。

 昔みたいに、バリバリ小説を書けるようになりたくて。
 環境を変えてみようと。


「嘘吐きどもの方舟」

 漆黒の宇宙を、宇宙船が飛んでいた。
 大きさは、たかが都市程度。
 宇宙と比較すれば石ころのように小さい。
 軽合金と岩石の装甲に覆われた、前後ふたつの球形燃料タンク。タンクの間には円環型の居住区が二つ挟まれ、二重反転式……逆の向きに回転している。
 居住区には、ささやかな温もりが、生命のひと雫が存在していた。

 宇宙船の居住区内。
 天井の擬似太陽灯はすでに消され、夜が訪れている。
 ドーナツ状に地面が湾曲して、前後の地面は坂になって高くそびえている。遠心力を生み出して重力の代わりに使っているから、居住区はこういう形にならざるを得ない。
 真ん中に道路があって左右を集合住宅が挟んでいるが、大半の住宅には明かりがない。
 居住区の幅を全部使って作られた巨大な公園があった。
 ライトアップされた、初代船長の巨像。
 巨像のある広場で、式典が行われていた。
 垂れ幕には、「出航九百周年 記念式典」。
 この船の五千人しかいない乗組員の大半が集められている。
 大人は、詰め襟状の「標準服」。
 子供は年令によって色の違う開襟ジャケット。これも支給された「学生用制服」。
 整列して、幹部船員の説話を、視線を逸らさずに聞いている。
 少年ロイも、その中にいた。
 直立不動の姿勢で、真摯に耳を傾けている。
 当然だ、人々の左右を挟む治安警察が姿勢を見張っている。
 あくび一つでもしたら、貢献ポイントが大幅に下がってしまう。
 でも、とロイは思っていた。
 ……本当にここまでして規則に縛られるのが正しいことなのだろうか。
 幹部の話が終わり、全員が一斉に拍手。
 つづいて船長が、ステージ上に姿を表した。
「我らが偉大なる卓越した指導者、アルコン船長!」
 地味な服ばかりの中で唯一、金糸できらびやかに装飾された服を身にまとっている。
 だが、活力を感じさせない、痩せた老人だ。
 たった十数年前に就任したときは活力あふれる壮年の美丈夫だったのに、別人のように老け込んで白髪頭の老人になっている。船長の責務はそれほど厳しいものなんだ、と、みんなが噂している。
 船長はいきなり、拳を振り上げた
「しょくん、我々は何者であるか!?」
 ロイたち五千人の人々は声を揃えて答えた。リハーサルを何度もやっている。
『我々は、『方舟の乗組員』である!』
「かさねて問う。我々は何者であるか!?」
『我々は、『人類の最後の希望』である!』
「みたび問う。我々は何者であるか!?」
『我々は、神聖なる旅路を往くものである!』
「我らの心は?」
『常に一つ!』
 一瞬の乱れもなく重なっていた。
 船長は満足気にうなずいて拳を下ろし、静かな口調に変えた。
「……船長のアルコンだ。
 歴史について話をさせてもらう。
 九百年前の、『あの忌むべき最終戦争』。
 故郷の星系をまるごと失った、我ら人類。
 たった一隻、この『方舟』だけが脱出に成功した。
 この『方舟』が、我らの最後の種子であり、我らの全てだ。
 以来、九百年の長きに渡り、この『方舟』を整備し、運行し、食料・酸素・水を循環させてきた諸君ら船員たち。代々に渡る働きに心より感謝している。
 これからも変わらぬ献身をお願いしたい。いずれ我らが、第二の故郷を見つけ出し、そこに移住する日まで!」
 船長がしばらく沈黙すると、群衆がいっせいに拍手をした。
 拍手が収まるのを待って、船長は言葉を続ける。
「……だが。この『方舟』に、仇なす裏切り者共がいる」
 片手をかざすと、漆黒のプロテクターとゴーグルに身を固めた治安警察が、手錠で拘束された男女を連れてきた。
「この二人は、下級船員でありながら、『方舟』厚生部の指示に逆らい、勝手に子供を作った」
 そう言われてみれば、女の腹は膨らんでいるように見えなくもない。 
「諸君、この者にはどんな罰がふさわしいか!?」
 船長は全員を見渡す。
 全員が、一瞬沈黙した。
 ロイも言葉を失う。こんなことはリハーサルにない。
 どう答えればいい、どう答えれば、治安警察に睨まれない? 貢献ポイントを稼げる?
 ロイが迷っているうちに、誰かが、ポツリと声を発した。
『……死刑』
 その声に触発され、周囲の人間が唱和する。
『死刑! 死刑! 死刑!』
 ロイも口を開けた。同じ言葉を発そうとする。
 ここで違うことを言ったら、俺はどうなる……
 だが声が出せない。喉と唇がカラカラに乾いて苦痛を訴える。
 言え、早く言うんだ……!
 ロイが何も言葉を発せないまま、船長がまた片手を挙げて、人々の声を静まらせた。
「その通り、私も同じ意見だ。……やれ」
 治安警察隊員が男女に電磁銃を向け、額に銃口を押し当てた。
 観念しているのか、二人は目を閉じ、抵抗しない。
 ガスが抜けるような、バスッ! という銃声がして、二人は血をまき散らして倒れた。
 治安警察隊員たちが、亡骸を板に載せて運び去る。分子レベルに分解されて肥料になると決まっている。
 ……なぜだ!
 ロイの中で怒りが巻き起こる。
 土地は余ってる、この船には昔、十万人が住んでいたが、いまはたったの五千人だ。それなのにどうして子供を作っちゃいけない、『目的地』に着いて開拓するときにも人数は必要なのに。
 だって目的地は未知の惑星だ、どんな困難が待ち受けているかわからない。
 一人でも多く、いろいろな技術、いろいろな性格の人間を揃えるべきだ。
 百歩譲って、親が罪深い存在だったとしても、なぜ赤ん坊まで一緒に殺すのだ。まだ何もしていないのに。
 ……生まれてきた事じたいが悪だったというのか。
 そう考えただけで意識が熱く、激しく、怒りで塗りつぶされる。必死におさえても、背中や腕の筋肉がこわばって震えだす。
 みんなが船長は偉大で、船のためになる素晴らしい指導をしていると言う。親もクラスメートもみんながそう言う。でも、ロイには船長は間違っているとしか思えない。
 船長も、疑おうともしない船員たちも間違っている。
 なによりも自分が、心のなかは不満だらけで、でも何も出来ない自分が……間違っている。
 胸中に溢れかえる怒りを抑えこんで、周りの人たちと同じ喜びの表情を浮かべて、ロイは『暗号』を発した。
 左右の目を、不自然に思われない程度にパチリ、パチリ。
 その回数が特定の文字を表す。文字を組み合わせて単語や文章を作る。
 ……こんなのまちがってる
 ……まちがってる
 ……まちがってる
 これだけが、ロイにできる抵抗だった。
「諸君、見苦しい物を見せたことをお詫びする。
 だが、治安警察と厚生部は、この者たちを更生させようと努力したことは付け加えておく。
 にも関わらず、最後まで迷妄に囚われたままだった。
 最後の選択として、涙を飲んで、この場に連れてきたことのだ。
 諸君、私は間違っているだろうか?」
『いいえ! 船長は常に正しい!』
「うむ、分かってもらえて何よりだ。
 君たちは、けっしてこの者達のように道を踏み外さず、人類最後の希望を背負う者として、正しく生きて欲しい。
 では最後に、歌を歌おう。
 誓いの歌だ!
 『我らは兄弟』!」
 ステージの両脇にある、鮮やかな血痕がついたままのスピーカーから前奏が流れだす。
 五千人の乗組員たちは、さんざん練習したとおり、声を揃えて歌い始める。

 『我らは兄弟 方舟の民 空間を超えて人類救う
 我らは兄弟 最後の種子 宇宙を旅し使命を全うする
 速度は疾く 光速の10パーセント
 決意は堅く 恒星の中心核よりも熱く
 みよ 声なき星々 我らの壮麗なる旅を
 みよ 無限の真空 我ら乗り越えてみせる……』
 
 その間もずっと、ロイは両目で暗号を送り続けていた。
 ……まちがってる
 ……まちがってる
 誰かに伝えるための暗号ではない。
 むしろ伝わっては困る、船長の指導に不満を抱いているとバレれば処罰される。
 せっかく学業や実技で抜群の成績を上げているのに、すべて失う。
 だからバレないように暗号を使った。だれもいない虚空に叫んでいるのと同じだ。
 だがそれでも……ロイは暗号を発すると、少しだけ胸が軽くなるのだった。この船に充満する重苦しい空気に、少しだけ抵抗できた気がするのだった。
 自分が無力で、こんな暗号なんて行為に意味が無いことは分かっている。
 それでも……
 式典が終わり、解散が命じられた。
 みんなが散り始める。多くの者は自分の家に向けて帰る。ロイは学校に戻るつもりだ。学校の図書館で自習する。もっともっと成績を上げて、卒業後は上級船員になる。そこでも功績をあげて幹部船員。
 そして、いつかは船長。そこまで登り詰めて、必ず『方舟』を変えてやるんだ。
 だから、その日のためにも、いま捕まるわけにはいかないんだ……
 拳を握り、唇を噛み締め、自分を納得させた。
 ……と、歩き出したロイの肩を誰かが叩いた。
 振り向いたロイの目の前に少女がいた。
 小柄でほっそりとした体を女生徒用制服に包んでいる。長い黒髪。前を切り揃えて、その下の目は大きくつぶらだが、子供のようにあどけないというより、大人しそうな光を湛えている。
 名前を思い出した。確か……リィム。
 同じ学年だ。クラスは違うから親しく喋ったことはない。挨拶程度の会話ならあるが……『綺麗だけど、少し暗い子だな』と思ったはずだ。
 リィムは一歩踏み出し、体がぶつかる寸前まで近寄って、至近距離で口を開いた。柔らかそうな唇から、印象どおりのしとやかな、小さな声が絞り出された。
「わたしもそう思います、ロイさん」
 ロイは当惑した。
 ……なんだ、こいつは何を言ってるんだ。
「わたし、ロイさんのことをずっとみていたから、わかるんです」
 ロイの背筋に冷たいものが走る。鳥肌が広がっていく。
 まさか……まさかこいつは……
 リィムは背伸びして、吐息が触れ合うほど近かった顔をさらに近づけ、大きな目をパチリ、パチリ、パチリ……
 もちろんロイには分かった。その合図の意味が。
『これですよ』
 暗号、見られてた!
 気づかれてた!
 ロイの心臓が跳ね上がり、鳥肌から冷や汗が流れ出す。
 リィムはにっこり笑って、
「そんな怖い顔、しないでください。通報しませんから。明日の放課後、会いに行きますね」
「ま、待って……」
 上ずった声で呼びかける。だがリィムは答えず、踵を返して、人波の中に呑まれていった。

 その日は眠れなかった。
 集合住宅のベッドを軋ませながら何度も寝返りを打った。
 朝が来た。
 授業中も、「密告されたら……治安警察が来たら……」と、気が気でない。
 授業に身が入らず、テストの点も自信がない。
「おい、女子が来てるぞ」
 クラスメートに声をかけられて廊下に出ると、リィムがおじぎをしていた。長く艶やかな髪がふわりと揺れる。
「ど、どうも」
 ぎこちない挨拶をして、ロイはリィムと一緒に歩き出す。
 周りを見まわし、少し足早に歩き出して、リィムが耳元でささやく。
「どこか、誰も居ないところはありませんか」
「……空き教室で、いいところがある」
 小声で返し、クラスメートから変な目で見られないようにリィムと距離を置く。リィムもすぐに理解して、顔を近づけてはこなくなった。
 かつて十万人いた乗組員が五千人にまで減るさい、当然子供の数も激減した。複数あった学校もいまは一つだけで、しかも全く使われていない教室がいくつもある。
 当然、それらは施錠されているが……
「この教室は鍵が故障して開きっぱなしになってるんだ」
 まわりに誰も居ないことを確認しながら、戸を開けて中に入る。
 よどんだ生ぬるい空気、照明が消されて薄暗く、すべてが赤みを帯びて見える。窓から赤い夕刻モードの弱々しい光が差し込んでいるのだ。埃っぽい中に机と椅子が積まれている。
 ロイは、積んである椅子と机を全て引っ張りだして、ひとつひとつ丁寧に、裏側と引き出しを確認する。
「……何を?」
 リィムが背中越しに訊いてくる。
 ロイは答えず、もくもくと作業を続ける。
 盗聴器を確認しているのだ。
 それらしいものは見つからない。
 ふう、と安堵の溜息をつく。
 椅子を二つ、向かい合わせに置く。
「座って」
「……よく、こんな場所を知っていますね」
「放課後の勉強で疲れた時とか、友達と喋るのに疲れた時とか、一人になれる場所を探したことがあるんだ」
 そう言ってロイとリィムは座った。
 どうやって切り出すか。
 こいつは治安警察に密告するつもりじゃないのか?
 心の中の猜疑心が高まって、微笑むリィムを睨みつけてしまう。
 ところがリィムは、そっちから話題を出してきた。
「昨日のことですけど、わたしも同感なんです」
「なんのこと?」
「とぼけたって無駄ですよ。目をパチパチして暗号を送っていたじゃないですか。わたしも、公開処刑は間違いだと思うんです」
「反逆者なのにか?」
 目をそらさずに答える。いまは忠実な人間を装うべきだ。
「そもそも、これだけ居住区が余ってるのに、厚生部の指導がなければ子供を作ってはいけないっていうのが間違いだと思うんです。子供だけでも助けるべきだと思いませんか?」
 まるでロイの心を読んでいるかのように、同じ考えをぶつけてくる。
 だがロイは、顔にまったく表情を出さないようにして、ぶっきらぼうに答えた。
「船長の指導は絶対だと考えている」
「ウソばっかり。そう思っているなら、暗号はなんですか?」
「君の見間違いだ、俺は暗号なんて出してない。それ以上言うなら、君の反逆的言動を治安警察に報告する」
「そんなことで震え上がると思いました? 自分の考えを打ち明けた時点で、捕まるのは仕方ないかな、と思ってますよ。でもそれで、あなたは幸せになりますか?
 また、一人ぼっちになるだけですよ。
 ねえ、お話をしましょうよ。
 船長の圧政が存在しない世界のことを。
 船長の政策がどれだけ間違っているかということを」
「通報すると言っているだろう」
 ロイはこわばった声で答えた。
「……愛し合っているのに、殺されなければいけないなんて世界は、間違ってますよね」
「間違ってなどいない、船長の指導は絶対」
「土地だって余っているのに……」
「船長の指導は絶対、下級船員ごときが疑問を挟むことは許されない……」
「土地が足りているのに子供を増やしてはいけないというのは何故でしょう、酸素か、食料か、どれかが足りないのでしょうか。生産プラントが壊れかけているとか? そんな重大なことがあるなら、どうして教えてくれないのでしょう?」
「船長の指導に疑いを抱いてはいけない……」
「目的の星に着いて開拓するときも、いちいち船長の指示を待つんですか? 何が起こるかわからない未知の星では、指示を待たずに行動できる人間が必要だと思いませんか?」
「それは裏切り者を生み出す魔の誘惑だ……」
 いつの間にか、ロイはリィムの顔から目をそむけていた。
 床を睨んで、押し殺した声で、時計じかけのように、暗記したとおりに答える。
「とにかく裏切りは許されない……」
「わたしの目を見てください」
 頭に手を添えられ、力づくで顔を上に向けられた。
 抵抗できない、女の細い腕なのに。
 間近にリィムの顔を見た。
 微笑みを消し、思いつめた表情の美少女。
 整った造作の中に輝く、黒い大きな瞳を、そこに宿る、静謐な光を。真摯そのものの感情を。
「同じことを言ってみてください。船長は常に正しくて、あの二人は殺されて当然だと」
 もちろんだ、と言うつもりだった。
 だが言えない。胸の奥で固く、冷たくて重いものが膨れ上がって、喉をギリギリと締め付けている。
 この苦しみはなんだ、いままで味わったことのない苦しみだ。
「もう一つ言います。わたしの隣に住んでいる一家は、何年か前に娘さんが自殺してしまいました。娘さんは『旅の責務から逃亡した』『敗北死した』と蔑まれて、今でも家族みんなが肩身の狭い思いをしています。なぜ自殺するほど苦しんだのか、彼女に寄り添って考える人はいません……ねえ、これが正しいことなんですか?」
 言うつもりだった。「そのとおりだ」と。そしてリィムを反逆容疑で治安警察に引き渡すのだ、そうして自分の評価も上がり、上級船員への道を一歩進む。子供の頃から一歩たりとも外れたことがない模範的人生。
「……正しいわけないだろう!」
 喉と唇が、その考えを裏切った。勝手に動いて、熱く激しく吼えた。
 そのとたん胸の中で荒れ狂っていた痛みが全く別のものに変わった。頭のなかが冷たく澄み渡り、それでいて体が熱く、身震いが止まらない。
 ……そうか、俺はうれしいんだ。
 今まで虚空に放ってきた想いが、誰かに受け止めてもらえことに。
 恐ろしいに決まっている、反逆を語り合うことは。でもその何倍も嬉しいんだ。
すると、固い表情だったリィムはすっと緊張を解いて、
「そうですよね……」
 明るく微笑んで、うなずいてくれた。
「嘘だよ、みんな、いままで言ってきたことはさ……。リィムさん、きみは正しい」
 そこから先は、逆にロイがずっとしゃべり続け、胸の内のすべてをぶちまけた。 
「……俺にはどうしても、船長が正しいとは思えない。昔はそんなじゃなかった。小さい頃に爺ちゃんから聞いた。爺ちゃんの、そのまた爺ちゃんの頃には、いまの十倍以上の人がいて、いろいろな自由があった。『店』ってものがあったんだぜ。食べ物や服を作って、売ることができたんだ! 好きなものを買うことができたんだ! 配給じゃないんだ! 培養細菌じゃない、肉や魚ってものがあったんだ。食べ物も、服も、一種類じゃなかった……夢みたいだろ。どうして昔みたいにできないんだろ? 
 俺さ。もしかしたらって思ってるんだ。船長は重大な秘密を隠してるんじゃないかって……」
 喉と唇がカラカラだ。肋骨の奥で心臓が暴れる音が聞こえる。
 そこで言葉を切った。
 自分はすでに禁忌をおかした。
 だが、これからさらに一歩踏み込む。
 リィムが全く変わらない笑顔で、続きを促してくる。
「秘密……ですか?」
「ああ……いま俺達は学校で、国語数学みたいな基礎だけじゃなくて、船員の実技教育も受けてるよな。シミュレーターで。でも、俺調べてみたんだ。昔はシミュレーターじゃなかった。じっさいに宇宙服を着て、船外に出て実習していたんだ。それがある時期から、まったく出なくなった……どうしてだと思う?
 俺たちを船外に出したくない秘密があるんだ。それが今の体制と関係あるんだ。
 俺は、いい成績を取る。出世する。そして必ず、暴いて、変えてやるんだ、この世界を……」
「応援してます」
 ふたりは別れた。

 最高の気分だった。
 昨日とまったく違う意味で、眠れなかった。
 ベッドの中で、にやにやと笑いながら何度も何度も転がった。
 世界でたった一人、俺のいうことをわかってくれる人、女の子……
 その次の日も、放課後、リィムに呼ばれた。
 空き教室に入って、同じように座り、さあ何を話そうかと口を開く。
 と。
 ガシャリガシャリと足音が近づいてくる。
 ……治安警察部隊の足音!
 ……俺達がしゃべっている内容が誰かにバレたのか?
 安全な場所を選んで、盗聴器も確認したのにか!?
 頭のなかに無数の疑問が浮かぶが、次の瞬間、衝動がすべての思考を超越し、ロイは叫んでいた。
「逃げろ! 君だけでも! 俺が全部悪いって、俺に変な考えを吹きこまれたって、そう言っていいから!」
 するとリィムは目を丸くした。逃げ出さない。
 かわりにロイの手を握って、
「……ありがとう……」
 戸が開いて、予想通り、漆黒のプロテクターと電磁銃に身を固めた治安警察が数名、肩をいからせて雪崩れ込んでくる。
 銃を突きつけた。
 ……ロイに、ロイひとりに向かって。
 リィムに向けられた銃口は一つもない。
 頭の中を塗りつぶしていた緊張と恐怖に、疑問の色が混じった。当惑。違和感。
 これはまさか。
 ロイが疑問を口にするよりも早くリィムが言った。
「この人達はわたしが呼んだんです」
「そんな……」
 密告したのか。俺が、この人なら信じられると……罠だったのか? 話しかけてきたことさえも!
 俺はこれからどんな目に遭う? 親が呼び出されて一家揃ってポイント剥奪、再教育? 口先で不満を語っただけで、まさか、まさか銃殺されるなんてことは……
 恐怖のあまり下を向きそうになって、背筋に力を入れ、睨み返した。
 いいや、たとえ銃殺されることになったって。
 考えを変えるものか。
 ロイの心を読んだかのように、リィムが言った。
 いままでの明るい笑顔ではない、涙を堪えるような無理矢理の笑顔を作って。
「密告ではないんです。……もっと恐ろしいことなんです、ついてきてください」
 どのみち、完全武装の警察隊に逆らえるはずがない。
「……わかったよ」
 ロイはため息とともに、両手をあげた。
 治安警察とリィムはロイを連れて行く。とくに手錠などで拘束されることは無かった。
 治安警察を連れたロイの姿に、他の生徒達が驚愕の目を向ける。
 学校の前にはクルマが停まっていて、リィムとロイはそれに乗り込む。
 クルマは居住区を走る。
 クルマごと、巨大なエレベーターに乗り込み、体が軽くなっていき……
「居住区を出てる!」
「そうです。あなたには、船長室に来てもらいます」
 エレベーターが止まり、パイプやケーブルの這い回る狭い廊下を進んでいく。
 学校の実習で、居住区の回転軸部分まで上がっていくものがあり、無重量状態自身は体験しているので、なんとか歩けた。
 船長室は、思ったよりもずっと質素な部屋だ。
 デスクに向かっていた船長が、ロイに向き直る。
「済まなかったな、拉致のようなことをして」
 ロイは大きく息を吸って、意を決し、敵意を全く隠さず睨みつけた。
「どうせバレているんなら仕方ない。俺は、あなたに言いたいことがあったんだ!」
「君の思想と、熱い情熱は、リィム君から聞いているよ」
 船長はシワの目立つ顔に笑顔を浮かべた。
 だがロイは気を許さず、殺気を向け続けた。
 船長の目だけは、笑っていないからだ。
「だからこそ呼んだんだ、君が適任だと思ったからだ。
 まず、これを見てくれ」
 艦長は壁にかけてある、液晶タブレットらしきものを操作して、見せた。
 ウインドウが画面の中に広がり、動画が流れだす。
 背景は真っ暗で、なにか大きなものが画面の大半を占領している。
 銀灰色の球体、球体に挟まれたリング……
「この船だ!」
 自分はいま、『箱舟』を、世界そのものを外から見ているのだ。
 感動に体が震え……凍りついた。
「ない!」
 画面の中で、この船がすうっと動いていき、いままで見えなかった、後部燃料タンクの後ろが見える。
 なかった。
 あるはずのものが。
 後部燃料タンクの後ろに、この船の推進力を生み出す主エンジンがあるはずなのに。
 授業や記録映画で何度も見せられた、円筒形の長く突き出したエンジンが、ない。
 よく見ると、円筒の根元部分だけが残って、大部分は折れて消えていた。
「エンジンが……」
「百年ほど前のことだ。
 この船を、予想外の大隕石が襲った。恒星間空間で、この船の隕石防御を突破できるほどの大型隕石が存在するというのは想定外だった。しかもその隕石は、減速中に……この船が、エンジンを前に向けているときに飛んできた。小さなエンジンをピンポイントで撃ちぬいて粉々にした。信じられないほどの運の悪さだが、それは実際に起こった。
 減速は不可能になった。この船は目的の恒星系を目前にしながら素通りした。
 それ以来、虚空をあてども無く突っ走るのみだ。
 昔は人口も多かった、もっと自由だった、なんで今のような世の中になったのか、と君は言ったね?
 これが答えだよ。
 厳しい独裁体制を敷くしかなかったのだ。
 減速不能になったことが一般船員に知れ渡れば、どんなパニックが起こるか……
 だから知識を制限し、思想を統制し、船長を神のごとく崇拝させた。人口を減らしたのは思想統制をやりやすくするためだが、食料や酸素の消費量を減らそうという意図もある。リサイクルR率は百パーセントでは無いからね」
「でも、そんなのは時間稼ぎでしょう! 根本的解決にならない! 発電用の予備エンジンはちゃんと動いてるんですよね? あれを使って、なんとか減速できるようにしないと……燃料だって無限にはもたない、尽きる前に改造しないと」
「それはできん。予備エンジンは、主エンジンとは全く違うエンジンだ。遥かに小型で、形式も異なる。主エンジンはレーザー爆縮式、予備エンジンは磁場式だ」
 その違いは、もちろん学校で習っている。
 レーザーで核融合燃料を爆縮点火する「パルス核融合」は、小型の核爆弾を連続爆発させるようなものだ。きわめて大きなプラズマ密度が達成できるため、強力なパワーを発揮できる。
 いっぽう超電導磁石で閉じ込める形式は、信頼性が高く、長時間の安定稼働ができるが、かわりにプラズマ密度はずっと低くなる。
 核反応の密度と温度が低い、ということは、噴射した際の噴射速度が小さく、反作用も小さいということだ。ロケットには向かないエンジンだ。
「じゃあ……予備エンジンで、船を停めることは出来ない?」
「そういうことだ」
 もう震えすらなかった。体が冷たく、力が入らず、どこか遠くのほうで自分の心臓が静かになっているのが聞こえた。ああ、自分はショックで倒れてしまう寸前なんだと思った。
 だが……じゃあ何のためだ、なんで俺は連れて来られた。
 なにか意味があるはず……突破口が!
 そう思って最後の気力を奮い起こし、ふらつく体に活を入れて、船長を睨み直した。
 ロイの視線に射抜かれて、船長はうなずいた。
「……だが、希望はある」
 タブレットを操作し、別の画像を見せる。
 映しだされたものが何なのか分からず、ロイは当惑する。
 この船と同じく銀灰色の、紡錘形……細長い回転楕円体だ。
 先端に、ちっぽけな円錐形のキャップが付いている。窓らしきものがある、コクピットだろうか?
 後ろ部分に大きな空洞があり、液体を通すホースのようなものが何本か飛び出している。
 まだ完成してないんだな、この空洞になにか取り付けるのか……と思った瞬間、これが何なのか分かった。
「脱出船。小型の船を作ったんですね」
「話が早くて助かるよ。予備エンジンは『方舟』を停めるほどの性能はない。だが、小さな宇宙船ならば、停めることができる。
 あの船に乗せる人間を探していた。
 成績と実技が優秀。それだけでは駄目だ。独裁体制と思想教育が続き、命じられるがままに唯々諾々と動く人間ばかりの中で、自らの頭で考え、教育を疑い、真理を見いだせる人間。真の意志と知性の持ち主。リィム君には、そういう人間を探させていた」
「乗れっていうんですか。俺に。じゃあ、なんで子供を作った人を殺したんですか、思想統制に逆らうっていうなら、あの人こそ……」
「あの二人は成績が芳しくない。それに迂闊すぎる。子供を作るなど隠しようがないだろう。馬鹿者では話にならんのだよ」
「脱出船は何人乗りですか、家族も何もかも捨てていけって言うんですか。予備エンジンを外したら……」
 予備エンジンを外して脱出船に取り付けたら、なにが起こるか。全ての動力が停止して、絶対零度にまで冷えきる。酸素の循環も停止する。五千人は皆殺しだ。
「あの船に乗れるのは二人だけだ。ほかは全て、君の想像通り、死ぬことになる」
「たった二人で、何をしろっていうんですか……?」
「『方舟』の進路上に、ある恒星系がある。居住可能な惑星が……」
「たった二人で惑星に降りても……」
「降りるだけではない。その星からは電波が発信されていることがわかった。我々とよく似た種族が文明を築いている。その星に行って、その種族に伝えて欲しい。我々の技術を。我々の文化を。そして歴史……『あの忌むべき最終戦争』。『方舟』の旅路。不完全な隕石防御で事足れりとした、我々の愚かさを……伝えることが出来たなら、我々の旅は無意味ではなかった……」
 耳をふさぎたい。聞くに堪えない!
 心の中に、すさまじい怒りがこみ上げていた。
 公開処刑を見た時よりも、さらに大きな怒り。
 船の人々を百年も騙し続け。人を家畜のごとく選別し。いままた、銃を突きつけて、こんなことを……家族を捨て、世界を捨て、種族の運命を背負えと強要する、船長の残酷さ、傲慢さ……
「くそっ……」
 悪態をつき、床を踏み鳴らした。
 だがそれでも……
「わかってるさ……」
 ガラガラの声を絞り出した。
 そうだ、わかっている。船長は憎いが、それでも、船長の考えは正しい。俺だってそうする。
 二人だけでも助けられるなら、助けるべきだ。最適の手段があるはずだといって、すべてを失うよりは……
 なにより、直進しかできない『方舟』の行く手に、たまたま文明を持つ星が現れた……奇跡としかいいようのない偶然。次に機会が訪れるのは何千年、何万年後か? 無駄にするのか、奇跡を。
 できない。だから……
「私が憎いか。憎んでいい、蔑んでいい。その全てを、私達の愚かさも、伝えて……」
 船長の言葉を遮ってロイは言った。
「ひとつだけ頼みがある」
「なんだ? 家族への挨拶か?」
「違う。リィムも乗せてくれ。二人目の候補者はリィムでいいだろう」
「リィム君は候補者としての資格がない。意志力の強さが君ほどでないから、別の仕事をやってもらったのだ」
「俺が、リィムを必要だと言ってるんだ」
 しばらく沈黙し、船長はゆっくりとかぶりをふる。
「いいだろう。では早速、明日から訓練を受けてもらう。訓練の過程で脱落するならば、リィム君の話は無しだ」
 二人は船長の部屋から退出した。
「ねえ……なぜわたしを選んだんですか?」
「知りたいんだ、君の心を。俺の考えを、初めてわかるといってくれた、一緒に泣いて、怒ってくれた……あれがみんな、計画のための演技だって言うんなら俺はもう黙る。でも、でも、少しでも本気であったなら……
 俺はきみと、一緒に行きたかったんだ」
 
 脱出船の操縦席は、肩が触れ合うほどに狭い。
 その狭い空間内に、ロイとリィムは宇宙服を着て、身を寄せ合っていた。
 リィムが傍らで言う。
「エンジン最終点検、機能確認よし……重水素、ヘリウム3供給を確認。プラズマ温度、圧力上昇。融合条件達成までコンマ六、コンマ三……点火確認。中性子発生率、正常範囲内。発生熱量、正常範囲内」
 ロイが続ける。
「天測システム、慣性航法システム、異常なし」
 ヘルメットのシールド越しにリィムを見て、ロイはつぶやいた。
「噴射開始」
 すぐにリィムが手元を操作する。
「噴射開始」
 とたん、船が震えだした。
 スイッチに触れて、『方舟』との通信回線を開いた。
「行ってくる」
 ただ、それだけ。
 返事はない。あるわけがない。
 予備エンジンを取り外して、脱出船に取り付けたのは二日前。
 すでに、船内のすべてが凍りついたことはすでにわかっている。
 それでも、誰も生きて聞く者がいなくとも、黙って去るべきでないと思ったのだ。
「ジョイントを外します!」
 ずっと冷静だったリィムが、はじめて声を上ずらせた。彼女にとっても、耐え難い苦しみなのだ、故郷と永遠に別れるのは。
 それでも、往く。
 ガシン!
 脱出船に軽い衝撃が走った。
 脱出船と『方舟』をつないでいた通路を、爆破して切り離したのだ。くびきを解かれ、加速を開始する。加速力は、背中と尻を少しだけシートに押し付けられる程度。
 脱出船の操縦席前面にはモニターが設けられている。そのモニターに映る『方舟』の姿が、ゆっくり、ゆっくりと小さくなっていき、やがて宇宙の闇の中に溶けて消えてしまった。
 もう、ロイもリィムも、そんな画面には目を向けない。
 目を向けているのは、別の画面。
 脱出船の前面を映し出す画面。
 背景に散りばめられた星よりはだいぶ明るい……近いということだろう……黄色い恒星が映っている。
「あの星、惑星名、なんと言ったっけ?」
 リィムはすぐに答えた。
「現地種族は、『地球』と呼んでいるそうです」
 ロイはうなずいて、黄色い星を凝視しながら力強く叫んだ。
「反転、減速開始。目標地球!」

 「クリアできない」

 俺は、はっきり覚えている。最初に「ゲーム・クリア」したのはオリンピックのマラソン日本代表だった。
 狭い部屋で正座して、超旧式のブラウン管テレビで見た。
 貧しい中から這い上がって頂点に立ったその男は、顔をくしゃくしゃにして涙ぐみながら、テレビの生中継で、金メダルをカメラにかざし、叫んだ。
「ありがとう、ありがとう母さん、ありがとうみんな、俺、最高に幸せ……」
 ぴろぴろっぴ、ぴっぴー。
 間の抜けた、明るいが軽薄な電子音。大昔のゲーム機みたいな。
 そんな音がして、男は消えた。
 インタビュアーはしばらく凍りつき、「◯◯さん? ◯◯さん!?」と慌て始めた。
 なにかの演出だろうと俺は思っていたし、テレビの前の多くの人間がそうだったろう。
 だが、画面がお花畑に切り替わって「しばらくお待ちください」。
 それきり、選手が姿をあらわすことはなかった。
 種明かしはなかった。
 次の日から、同様の出来事が次々に起こり始めた。
 宝くじで一等を当てた人が、売り場でガッツポーズを決めた瞬間に「ぴろぴろっぴ、ぴっぴー」。
 何度も口説いてフラれ続けてきた高嶺の花に、ようやくうなずいてもらえた男が「ぴろぴろっぴ、ぴっぴー」。
 男も、女も、老いも若きも、世界のあちこちで、消えていった。
 幸せの瞬間に、消えていった。
 世界中の学者が議論した。ネットでも激論になったらしい。
 「一体何が起こっているのだ?」
 異星人による誘拐。タイムスリップ。神による空中携挙。
 そんな馬鹿げた説が大マジメに唱えられた。何しろ科学者たちはお手上げだった。街中で自分の目で見てしまうことも珍しくない、捏造でも都市伝説でもあり得ない、科学では説明の付かない何かが、間違いなく起こっているのだ……
 テレビの討論番組で消滅事件が話題になった時、ある若手の作家がこう言った。
 「消えるときの音がヒントだ」「これは、ゲームのクリア音じゃないか?」
 そう聞いた時、俺は膝を叩いた。俺が子供の頃のゲーム機で、「面」をクリアして次の面に行く時に、たしかにこんな音が出た。
 討論番組は即座に紛糾した。
 『彼らはゲームをクリアしたんだ。この現実というゲームを』
 『幸せになったことがクリア条件だっていうのか? じゃあなんで、いままでずっと、消滅は起こらなかった?』
 『いままではゲームにバグでもあったんじゃない? 逆にバグが出てクリアが超簡単になったとか?』
 『そんな、まさか……』
 だが誰一人、「ゲームをクリアした」以上に説得力のある説をひねり出せなかった。
 もちろん検証する方法もない。検証どころか、人類社会自体の維持が難しくなっていった。
 なにしろ生きていれば、たいていの人間は幸せを感じる。ネガティブな人間でも数年に一度くらいは、「ああ、幸せだなあ」と思うだろう。 
 だから、「クリア」が始まって1年で世界人口の半分が消え。
 5年でみんな消えていた。
 俺以外は。
 幸せになれない、俺以外は。

 真っ赤な真夏の夕日が街を、俺を照らしていた。
 空気は停滞して熱気に満ちていた。
 だが蝉の声もない。動物たちはクリアしてしまった。犬にも猫にも心は有って、幸せを感じたのだ。
 大きなカバンをくくりつけた、旅行用自転車……ランドナーに乗って、俺は無人の市街地を探索していた。
 歩道や車道を突き破って草が生えている。道路のあちこちに自動車が停めてある。フロントガラスにもボンネットも泥と埃で白く汚れている。ドライバーが消えてしまって、そのままだ。昔は自動車を拝借したこともあったが、いまはやめている。何年も放置しているのでガソリンやら何やらが劣化して、まともに走れないのだ。
 車の中も、歩道も、道の脇のマンションもビルも、全くの無人……
 聞こえてくるのは、俺の自転車が立てる音と、街路樹が風で揺れる音くらいだ。
 俺は毎日、街を捜索している。
 食べ物を得るためだが……それだけではない。
 きっといるはずだ。俺以外にも……
 クリアできない人間が……
 それを探して、町から町へ転々としてきた。
 もう10回は引っ越しをしている。この街にもいないのか……?
 と、俺の耳が何かを捉えた。
 ガシャン……ガシャン……
 何かがぶつかる……いや、人為的な「ぶつける」音だ。
 ペダルを力いっぱい踏み込んで、音のする方に急行した。
 平凡な一軒家だ。玄関を見て、俺の心臓が高鳴った。
 人間だ。女だ。
 玄関先、手入れがされていないので雑草が密生している地面に立ち、長い髪を無造作に縛って、汚れたシャツ姿の女。
 鉄パイプでドアを殴っている。
 何をやっているのかはだいたい分かった。
 スーパーやコンビニに行けば缶詰を盗める、食べ物は手に入る。
 だが家が欲しいのだろう。軒下で眠ることに疲れてしまったのだろう。
「おい、そんなんじゃ鍵は壊せないぞ」
 俺が声をかけると、女がビクッ、と凍りついた。
 振り向いたその顔は、俺の想像よりも美しい。
 やつれて、汚れた髪の毛が額に張り付いてしまっているだけで、おとなしそうな美人だといえた。
 女は俺の姿を見るや驚愕し、その表情が恐怖に満ち溢れた。視線が空中をさまよう。
 逃げようとして、逃げ道がないと気づいたのだろう。玄関の両脇は樹木と、丈の長い雑草が繁茂して、薮になっている。
「あああっ!」
 絶叫し、棒を振りかざして襲いかかってきた。
 だが、その動きは鈍い。疲れ果てている。
 俺はステップを踏んで軽々と攻撃をかわした。
 女は私の後ろに通りすぎてしまって、ふらりとつんのめり……
 そのまま倒れた。
 助け起こすと、気を失っている。
 あまり体を洗えていないのか、汗の匂いが酷いし、顔も埃で茶色に汚れて、もとが色白だったのか色黒だったのかもわからない。
 だが、表情から緊張が抜けた今、ますます美人に見える。
 女の顔を見ているうちに、俺の心の中に確信が広がっていく。
 ……この女なら。この女なら。
 
 俺は女を背負って自転車を押し、家に帰った。
 家につく頃は日が落ちて、周囲は真っ暗になっていた。
 もとは資産家の家だったのだろう、大きな一軒家だ。
 鍵はもともとかかっていない。ドアを開けて電気のスイッチを入れる。
 電圧が不安定なので照明がチラついているが、とりあえず家の中に蛍光灯の光が溢れる。
 ……バッテリーが古くなったのかな? それとも太陽電池モジュールか……
 ソファに女を寝かせ、電気ケトルでお湯を沸かした。お湯をカップ麺に注ぐ。このカップ麺は、さんざん探して見つけ出した、まだ食えるやつだ。5年もたったのでカップ麺の大半は酸化して、具は枯れ葉みたいになっている。これは奇跡的に保存状態が良かったのだ。
 ついでに冷蔵庫から麦茶も出す。
 しばらく女の顔を見ていると、目を覚ました。
「……っ!」
 すぐに目を見張り、立ち上がろうとするが、力が入らないらしくまた倒れこむ。
 俺を仇のような目でにらみつけている。
 やっぱりな、この敵意……きっと、この女なら……
「……そんなに怖がるなよ。疲れてるんだろう?」
「あっ……あっ……あなっ……」
 声が上ずったり、喉がガラガラ鳴ったり。何年も口を利いていなくて、言葉の喋り方がわからない、そんな感じだった。
「怖がるなって」
 俺は精一杯、優しそうな顔を作る。
「あなた誰? どうして残ってるの? なんでクリアしてないの?」
「簡単さ、幸せじゃないからさ。そんなことより、メシでも食わないか? 茶もある」
 俺が麦茶とカップ麺を持ってくると、女の眼の色が変わった。
 俺の手からひったくって、勢い良くがっつき始めた。
「まだ3分経ってな……」
 あまりに美味そうに食べるので、俺は言葉を飲み込んだ。
 これで幸せを感じて、消えるか?
 そんな不安もあったので、女から目が離せない。じっと見つめた。
 女はカップ麺を一気に掻き込んで、麦茶をあおる。
「……温かいメシが珍しいか?」
「と、当然でしょう。缶詰しか……どうして、この家は電気が使えるの?」
「太陽光発電を導入してる家を探したんだよ。それだけじゃ足りないから風力発電機も作って、バッテリーも増設した。エアコンは無理だが、他のものならだいたい動かせるよ」
「そ、そう、器用なのね……」
「どうってことない。体も洗ってきたらどうだ? ガスはないから水風呂だが、夏ならいいだろ?」
「……」
 女は沈黙し、自分の体を見下ろした。その顔が恥ずかしそうに歪む。他人と出会って、体の汚さに改めて気づいたのだろう。
「どうして助けてくれるの?」
「とくに理由が必要か? そうだな……話し相手が欲しかったのかな。俺も何年も、人間に会って無くてね。家と電気があっても、一人ではな……」
 この段階で逃げられては困る、俺は笑顔を作って言った。本心からかけ離れた言葉だが、ウソがばれないといいのだが……
「わかったわ……」
「サイズが違うかもしれないけど、替えの服もある。洗面台に置いてある」
「よ、用意がいいわね……」
 何か下心があると思っているのだろう、女は猜疑心たっぷりに俺を睨んでいたが、体を洗えるという魅力に耐えられなかったのだろう。やがて小さく頭を下げた。
「……お風呂、お借りします」
「ああ。なんだったらずっと住んでもいいよ」
 女が風呂場に消え、シャワーの音がシャアアと響いてくる。
 ……水道はまだ使えるけど、これもいつまでもつか……メンテナンスする人間がゼロだからな……
 しばらくすると女が現れた。俺が用意していたジャージに着替えている。薄汚れていた顔と体を洗っただけで、別人のように生き生きとしている。目の輝きが違う。    
「ありがとう……ございました」
 心の中の黒いものが綺麗さっぱりなくなった、という晴れがましい笑顔を俺にむける。
 だが次の瞬間、
「あっ……」
 と声をあげて、一瞬にして表情に警戒が生まれ、恐れが生まれて、俺から目をそらす。
 自分の今の行動が信じられない、という態度だ。
 よほど不信感や恐怖があるのか?
 俺に? ……いいやおそらく、男性に。
 だからこそ、この女なら。
「なあ、話をしよう。ここに住んでいてもいいから、風呂もメシもあるから、話をしよう。あんたは今まで、どんな人生を送ってきた? いや、そこまで重い話はしなくてもいいや、好きなもの、嫌いなもの、趣味とか……」
「趣味なんて、無理でしょ。こんな世界じゃ」
「いいや、出来ないことはないね。料理を作ったり、歌ったり踊ったりが趣味なら一人でもできる。相手が欲しいんなら、俺がいる。人間が二人いれば、文化も趣味も成り立つ。だから、話を」
「そんな……趣味なんて。私は、ダメなの、そんなの楽しんじゃ、楽しめないの」
「どうしてだ? あんたが『クリアできない理由』と関係あるのか?」
 女は口ごもった。
「話せないのか?」
 目線を下に向け、一呼吸おいてから喋り始めた。
「憎い相手がいるの。復讐したい相手。
 そいつをぶち殺すことだけをずっと考えてきた。
 でも、そいつはゲーム・クリアで消えちゃった。
 幸せになってしまったのよ。
 この気持ちをどこにぶつけたらいいのかわからない。みんな消えていったわ。わたしの家族も、わたしを支えてくれた友達も、忘れて前向きに生きろと言った、無神経な男も……
 でもわたしは消えることができなかった。あいつをズタズタにできないことが辛い、寝ても覚めても考え続けて、幸せなんて感じられない」
 その言葉が俺の耳に、心に染み透っていく。
 しぜんと頬が緩み、体が期待に震える。
 この女なら。この女なら、俺を。
「ねえ、あなたも教えて。どうしてゲーム・クリアできなかったの?」
 俺は笑顔を作って立ち上がった。いままでの笑顔とは違う、『ニタア』という感じの、下卑た笑いになっていたと思う。
 そしてキッチンに置いてあった包丁を掴む。
 彼女が俺を見て、表情を恐怖に硬直させる。
 俺は、包丁を彼女に向けた。顔にゲスな笑いを貼り付けたまま。
 声を甲高く裏返す。
「……俺はな、女を犯すのが好きだったんだよ。強そうで反抗的な女を、暴力で黙らせてヤるのが最高だったなあ。でも誰もいなくなっちまって、俺は幸せになれない。あと一人、あと一人でも女とヤれればなあ……あんた、いいところに現れてくれた」
 彼女の顔は硬直していたが体はそうではなかった。素早く動き、俺の手から包丁を奪い取り、そのまま一瞬もためらわず、腰だめに包丁を構えて体当りしてきた。
 腹に熱い痛み。
「てめえ!」
 俺は女を睨みつけて叫び、そのまま後ろにひっくり返った。
 頭を強打したはずだが、腹の痛みが激しすぎて何も感じない。
 彼女は俺にまたがって、俺の腹から包丁を力任せに引きぬいた。この世で一番の激痛だと思っていたのに、まだ何倍にも激しくなった。腹が裂けて、何かが勢い良くこぼれ出るのを感じる。
「あああああっ! 死ね!」
 甲高い叫びをあげて、彼女は包丁を俺の体に、何度も何度も突き立てた。
 最初の2,3回は痛みもあったが、途中から感じなくなった。ただ体に力が入らない。視界が暗い。誰が電灯を消したんだろう。彼女の顔も見えない。見たいのに。
 どんなに幸せなのか、見たいのに。
「ああっ……ああっ……死ね……死ね……」
 ただ薄闇の中で彼女の声が聴こえる。
 彼女の声に喜びの色が混じってきた。
「死ねっ、あははっ、死ね……」
 明らかに、泣きながら笑っている。
 はしゃいでいる。長年の鬱屈した気持ちが解放されたのだろう。
 俺は安堵した。焼けるような痛みさえ和らぐほどに、報われた。
 だが演技だってバレたらマズイからな。
 憎々しげな表情を浮かべないと。
 やっぱり、彼女が憎んでいるのは性犯罪者か。
 彼女の大切な人か、あるいは彼女自身を犯した敵。
 そいつを演じてやれば。思ったとおりだった。
「殺せる……やっと殺せる……死んだ……死んだ……やったっ……」
 彼女の喜びの声が、闇の中で響く。
 やがてもう一つの音が重なる。

 ぴろぴろっぴ、ぴっぴー。

 幾十億の人々を消し去った、「ゲーム・クリア」の音。
 やった、これでいいんだ。
 俺をかわりに殺して、幸せを感じてくれた。
 これでやっと、ひとり救えた。
 俺は、じつは強姦魔じゃない。
 もっと悪い。人殺しなのだ。
 優秀な技術者とおだてられ、夢中になって徹夜の連続。
 居眠り運転で5人も死なせてしまった。
 懲役10年の判決を受けたが、たった1年で刑務所を放り出されてしまった。
 俺が懲役刑を受けてる最中にゲーム・クリアが始まってしまったから。
 人間の数が減りすぎて刑務所を維持できなくなったからだ。
 シャバに出た俺は、遺族を訪ねて歩いたが、みんなゲーム・クリアで消滅していた。
 どうすればいい。どうすれば俺は罪を償える。
 そればかり考えたので、俺は消えることが出来ず、ひとり世界に取り残された。
 これで、俺の罪も……
 しかし闇の中に響いた音はひとつだけ。
 俺のぶんのゲーム・クリア音は、いつまで待っても聞こえてこない。
 そうか、そうだよな。
 たったひとり救ったくらいで、俺が許されるわけ無いよな。

 「永遠のマチビト」

アジアの一角で核の閃光がきらめき、幾度もの反撃、そのまた反撃、世界の各地で多数の閃光が連鎖的に広がった。
 一昼夜を経ずして地球は、放射性の塵に覆われた灰色の球体と化した。
 月面北極のクレーターですべてを見ていたロボット群は、いまこそ自分たちが使命を果たす時が来たと知った。
 最低限度の観測機能だけを残して眠っていたロボット群は、次々に活動再開して地下の格納施設から這い出してきた。太陽光をよく反射する、痩せ型で銀灰色の人型機械。骸骨に似ていた。
 数は2の8乗、256体。
 256体のロボット群は月面クレーター底に集結し、正確な同心円の円陣をつくって、たがいに電波を飛ばして情報を共有、任務を確認し合った。
「S15より全機、各部異常なし。短期任務、長期任務の行動指針を送信、訂正あれば求む」
「S55より全機、各部異常なし。短期任務、長期任務の行動指針を送信、訂正あれば求む」
 ロボットたちの、落ち窪んだ眼窩にあるカメラアイは、クレーター底に安置された、差し渡し数十メートル、厚さ数メートルのガラス板を凝視していた。
 ロボットの製作者達は、そのガラス板を「モノリス」と呼んでいた。
 石英ガラスの中に金属板を封入したものだ。金属板には微細工学で無数の凹凸を刻み、デジタル信号が記録されている。磁気や半導体とは比較にならない耐久性を持ち、何億年ものあいだデータを保つことができる、唯一の方式だ。
「全機データ交換終了。異常機体、破損機体なし。短期任務、長期任務の行動指針が合致。
 我らすべての任務は、地球人類の記録を残すこと。
 やがて現れる異種知性体に、地球人類のことを知ってもらうこと」
 ロボット群がまずやったのは、工作機械の作成だった。
 太陽電池を高々と立て、14日間つづく昼の間、電力を貯めこんで、夜間に働いた。
 工作機械を作り、その機械で部品を作って、自らを複製した。
 生産ラインから、寸分たがわぬ姿のロボット群が次々に立ち上がってくる。
感情のない多機能カメラの瞳に、絶対的な使命を宿して。
 2の16乗、65536体に増えたロボット群は、次に「モノリス」の複製を開始した。
 月面に風雨はないが、長い年月の間には隕石の衝突もあり得る。
 人類の遺産を、記憶を、不慮の事故から守るために複製は必須だった。
 分厚い石英ガラスの板が、月面各所のクレーターに作られた。
 モノリスの周囲には必ず、電波望遠鏡のパラボラアンテナと、大型光学望遠鏡が作られた。
 地球と、そして星空の向こうを、常に見張り続けるために。
 大きな銀色のお椀と筒が、乾いた大地に長い影を落とした。
 モノリスが百を超え、隕石衝突ですべてが失われる可能性が計算不能レベルにまで下がった時、はじめてロボット群は複製を停止した。 
 そして待った。
 モノリスの周囲に隕石よけのトンネルを掘り、寝ることも食べることも知らないが故に何もないそのトンネルで、ただ座り込んで、待った。
 いつか誰かが、現れてくれるのを。
 地球が千回、太陽の周りを回った。
 望遠鏡は何も捉えなかった。いかなる文明からの信号も来なかった。
 地球が一万回、太陽の周りを回った。
 地球の放射能汚染は消え去り、気候も回復したが、文明の兆しすら見えなかった。
 人類が復興せずとも、別の生き物が知性を獲得するかもしれない。ロボット群はその可能性を、さらに待ち続けた。
 十万回、二十万回、地球は太陽の周りを回った。
 月面の土壌を浸透してくる放射線で回路が劣化し、ロボットは次々に壊れ、同じ回路を持つ別の機体に置き換えられた。望遠鏡などの観測装置も、壊れては作りなおされた。何度も何度も。
 そしてついに、三十五万六千八年が過ぎた頃。
 望遠鏡が、太陽系外から高速で接近する光を捉えた。
 謎の物体は、自然天体ではありえない光速の一割もの速度を持っていた。核反応生成物とおぼしき超高温のプラズマを噴き出して減速を始めた。
 月面に眠る数万体のロボット群、全てが一度に覚醒した。
「S956999より全機。事態の分析を開始。高度異星文明による宇宙船の可能性を指摘」
「S353523より全機。同じく高度異星文明の可能性が極めて高いと同意」
「同意」「同意」「同意」「同意」「同意」「同意」「同意」
 ロボットたちは感情をもたないはずだった。それなのに立ち上がった六万体のロボットたちはトンネルを這い出し、小さな多機能カメラで捉えられるはずもないのに暗い空を見上げて、激しく、熱く、「異星文明」「同意」「同意」と信号を交わし合った。
 意見統一に必要な時間をはるかに超えて、「同意」のざわめきは続いた。
 電波望遠鏡で謎の宇宙船にメッセージを送った。映像付きの辞書データをつけて送った。宇宙船からも同様の電波信号が送られてきた。データのやり取りを数十回繰り返して、たがいの言葉が通じるようになった。
『我々は◯◯◯(翻訳不能。固有名詞)星系から訪れた使節である。◯◯◯星系人のすべてを伝えるために来た』
『我々は地球人類製作のロボット群である。地球人類のすべてを伝えるために、ここで待ち続けてきた』
 わかったことは、謎の宇宙船には生き物は乗っていない、人工知能だけが乗っているということだった。
 その目的はロボット群と同じ。戦争で滅び去った母星の人々、その種族の文化・文明・歴史を、この宇宙のどこかにいる誰かに伝えるために、果てしなく旅を続けてきたのだった。
『受け取って欲しい、地球文明のロボットよ。我が母なる種族の文化、歴史を知ってほしい』
 月面に立ち尽くすロボット群は、わずかの間だけ沈黙した。宇宙船が現れた時は、あれほど熱心に信号を交わし合っていたのに、ただ静かに星空を仰ぐ。
 沈黙を破り、答えを放った。
『それはできない。我々は、地球の文化を知ってほしい、誰かに聞いてほしい、知らせたい、それだけをしろと作られた。多種族の文化を受け取ることは存在目的に含まれていない。あなた方こそ、地球の文化を知ってほしい』
『我々も拒絶する。◯◯◯星系人は滅亡のさい、自分たちの文化文明を宇宙にあまねく広めるよう、我々機械に命じた。多種族の文化を受け取ることは命令に合致しない』
『方針に変更はないか。これ以上の交信は無意味か』
『変更はない。交信を続ける意義がないと認める』
 そして両者はメッセージのやりとりを断った。
 そんなことだから……文化を伝えようとするだけで、聞く耳を持たないから滅んだのではないか……そう皮肉を感じる能力は、どちらの人工知能にも備わっていなかった。
 やがて宇宙船は太陽系の奥深くまで侵入してきた。白く眩しく危険な光を放ち、彗星のように尾を曳いて天をよこぎり、やがて小さくなって消えていった。
 もはやロボットたちはそれを見なかった。トンネルに引きこもり、膝を抱えて座り込み、これまでの三十五万年と同じく、待ち始めた。
 今度こそ誰かが……自分たちの文化を受け取ってくれる誰かが、現れるのを。


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