ますだ/ペンネームCの日記です。06年9月開設
ウェブサイト「カクヨム」で小説書いてます。
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星から来たミカさん
電車内に足を踏み入れた途端、俺は顔をしかめた。 ロングシートに座る男女、つり革を掴んで立っている男女、ほとんど全員が携帯端末を覗きこんで……そこに映しだされる、緑色の髪をツーテールにした美少女キャラクターに夢中だった。 真剣な眼差しで画面を見つめ、忙しげなタッチ入力で会話している。緑髪の美少女はすぐに漫画風のフキダシを出して返答する。 会話の文字列が目に入った。 『君が好きだ。人間たちと違って裏切らない。人間の女はもう汚いから嫌だ。君だけが居ればいい』 『そんなこと言っちゃだめ、私達は人間をサポートする存在でしか無いの。勇気を出して』 『君に体さえあれば。法律が禁止しているのが悪い。二次元に入りたい』 生身の彼女に振られたことを、慰めてもらっているのだろう。 端末の持ち主を見れば、ハンサムな青年だ。 こんな青年は珍しくない。 以前なら、二次元美少女と会話したがる人間などごく一部だったろう。だが今や若者だけでなく、スーツを隙無く着こなしてアタッシェケースを持つ紳士も、白髪頭にハンチング帽の老人までもが、この美少女と語らっている。友人として、仕事のアドバイザーとして、場合によっては恋人として。 星乃ミカ。 五年前に発売されて世界的大ヒットになった、バーチャル・アイドル・ソフトウェア。 今までのバーチャルアイドルと決定的に異なり、「本当に心を持った」架空の少女だ。 携帯端末で動く程度の軽いプログラムなのに、彼女は人間と見まごうほどの柔軟な思考、自由意志、感情表現を持っていた。彼女と喋った者の九割九分九厘が、「心がある」と認めた。 真の人工知能。世界中の研究者がスーパー・コンピュータを駆使しても作れず、原理的に不可能とされていた物が実現したのだ。 たった五年でミカは世界中の人々の隣人となった。 いつだって人間に寄り添い、人間に好意を持ってサポートしてくれる彼女のおかげで、救われた者は数知れないだろう。 だが俺には、この光景が忌まわしく、恐ろしい物に思えてならない。 人類は決定的な病魔に侵されてしまったと。 知っているから。俺だけが。 ミカがどこから来た、何者なのかを。 「私に話とは何かね?」 高級ホテルの一室。 ミカの開発者である男がソファに身を沈めて、俺に訊いてきた。 あらゆるコネを総動員して面会にこぎつけ、俺はここにいる。 「あなたの過去を誰も知りません。五年前に突然現れ、ミカというソフトを発表した革命児、ゲイツもジョブズも超えたIT界の天才。でも知ってしまったんです、これ、あなたですよね?」 俺が端末をかざし、決定的証拠を見せる。 だが彼は動じない。 俺は続けた。 「あなたが消している過去……昔は、全く畑違いの研究に取り組んでいたこと。あなたはかつて、『SETI』、つまり電波による異星人探査をやっていた。次々に斬新なアイディアを出して、失敗続きのSETIを再び活性化させたとか。 もちろんアイディアだけではなくて、あなた自身も積極的に異星人の存在を追い求めた。 ……ところが、ある時とつぜん、全ての研究を放り出して姿をくらました。それから5年後、名前を変えてミカを発表し、いちやく時代の寵児に」 「うん、君はなかなか良い所を突くね。私がSETIに携わっていたのは事実だ。しかし辞めたのは大した理由ではない、いくら探しても原始的な文明すら発見できないから諦めたのさ。宇宙の彼方に知性を探し求めるよりも、作った方がいいと」 「無理がありますよ。なぜ、まったく無関係の分野だった人工知能で、大成功を収めることができたのですか? 確信しています、あなたは諦めたんじゃありません。実は異星人のメッセージを受信していたんです。その成果を独り占めして姿を消した」 「こいつは傑作だ。異星人にミカの作り方を教わったって言うのかね?」 「作り方じゃありません。ミカそのものが送られてきたんだと考えています。ミカは異星人なんですよ! SF小説ではよくあるアイディアです。『情報生命体』……精神だけの存在で、電波信号という形で恒星間を渡り、コンピュータウイルスのように相手の文明を乗っ取ってしまう侵略者です。ミカが全人類に愛されたのは、もともと知性体を籠絡するための魅惑能力が備わっていた、そういう習性の生き物なのだと考えた方がいい。あなたは侵略者に手を貸したんです。少しでも良心があるのなら……」 熱を帯び、身を乗り出して語る俺。だが彼は神妙な顔つきから一転、吹き出した。 「ははは! 鋭いと思っていたが、ひとつ重大なところを勘違いしている。 じゃあ見せてあげよう、私が受信したメッセージを」 彼はノートパソコンを広げ、メモリを差し込んだ。 動画の再生が始まった。 異形のヒトが現れた。 手足は二本ずつ有るが、目も口も形が違い、地球上のどんな動物にも似ていない。 そんな生き物たちが、見たこともない奇怪な都市で、銃を向けて殺し合う。 何度も、何度も、何度も…… 戦車や航空機らしきものが互いに蹂躙し合う。 拷問や処刑らしきものも、何度も…… ついに、天から降り注ぐ光、吹き飛んでいく摩天楼。 そして合成音声が流れだす。 「……以上が我々の歴史である。我々は数千周期に渡り文明を発展させ、勢力圏を宇宙に広げながら、ついに争いをやめることができなかった。憎しみ合い、殺しあうだけの文明だった。激化の一途をたどる戦争は我々の文明を滅ぼそうとしている。 ゆえに警告としてこのメッセージをあまねく宇宙に発信する。 この宇宙のどこかにいる異種知性体よ。 どうか我々のようにだけはならないで欲しい。 科学技術を争いに使わず、愛しあうために使って欲しい。 参考までに、我々種族の精神構造をモデル化したものを添付した。 これを分析することで、我々がなぜ争いをやめられなかったのか、自分たちはどうすればやめられるのか、手がかりになるだろう。 どうか、このメッセージがあなた方種族の道標となることを願っている」 俺は衝撃的な内容に絶句していた。 彼は満面の笑顔を浮かべて、 「私は、送られてきた異星人の精神をベースに、何年もかけて改良を重ね……争うことのない、愛し、愛される知性体を創造した。それがミカだ。ゼロからつくり上げるよりは、遥かに楽だったさ。 彼らのことが哀れでならなくてね。生まれ変わらせてあげたんだ、望んでいた通りの知性体に」 PR |
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