人間の記憶というのは本当にあてにならない。思い知った。
っていうか、「人間」じゃなくて「私」の記憶があてにならない。
冗談抜きで背筋が凍り、自分の正気を疑った。
あのね、私「ななか6/17(じゅうななぶんのろく)」という漫画が好きだったんですよ。
メインヒロイン「七華」が二重人格で、クール(冷酷すぎて怖い)な眼鏡っ子になったり、精神年齢6歳のおバカな眼鏡っ子になったりするラブストーリー。対極に位置する眼鏡っ子が楽しめるから一粒で二度美味しい。ハートフルな話でもあるし、けっこう泣けるところもあった。面白いです。おすすめ。
でもね、でもね、サブヒロインの雨宮さん(雨宮ゆり子)という女の子が、本当に私、可哀想で仕方なくて!
報われないヒロイン、その究極の姿が、雨宮さんだ!
最初は七華をイジメる悪役として登場する。
(そう、琴浦さんに対する森谷のような感じ)
なぜイジメるのか。実はずっと前から主人公の男の子を好きだったから。
(理由まで森谷と同じだ。なぜこんなに好感度が違うのか)
昔イジメられていたときに助けてくれたからという、感情移入度100万パーセントの理由で、ずっと好きだった。
雨宮さんは戦闘的・情熱的な性格で気が強い。でも本当は優しいから、七華が一生懸命であることを知るとイジメをやめ、和解する。やがて、「七華は精神年齢6歳」という秘密を知り、主人公の少年から「七華の面倒を見てやってくれ。男の俺だけじゃフォローできない」と頼まれる。
そういう形であっても好きな人のそばにいられることが嬉しくて、頼ってくれることが嬉しくて、雨宮さんは引き受ける。
そのあとずっと……忍ぶ恋……
ふだんは気持ちを抑えて、主人公と七華の仲を優しく応援するんだけど、でも話の進展にともなって抑えきれなくてだんだん積極的になっていって、でも主人公は七華のことしか見てねえんだよ! 絶対に何をやっても報われないことがわかっていて、それでも好きなんだよ。好きでありながらも、恋敵である七華を排除しようとは思わない、思えない性格なんだよ! 好きな人が七華を大切にしてるから、七華を傷つけるなんてできないんだ! この二律背反する気持ちが、胸をえぐるように鋭く描かれているんだ!
徹底的に、頑張っても頑張っても、主人公の気持ちはこっちを向いてくれないんだ!
そして終盤、展開から目が離せなかったけど、でも読むのが辛かった。
主人公と七華はもう相思相愛で他人の入る隙がない! 七華の心の問題も解決した! それなのに雨宮さんは、果敢なアタックを繰り返してきて……「もうやめてあげて! 作者! ひどいよ作者!」って思いながら読んでいた。
最後は雨宮さん、肉体を使うんだよ。自分の家に主人公を誘って、タオルをはだけて裸にまでなって、
「今夜、誰もいないの……ふたりきりだね……お願い、私だけを見て……」
っていって最後の賭けに出るんだよ!
そしたら主人公が、アンニャローが、雨宮さんの気持ちを十分わかっていながら、フラフラとついてきたくせに、「お、おれには七華がいるから……」とか言って、そして雨宮さんが「やさしいのね、稔二くん……」って!!
キーッ! こんなひどい話があるかッ! 見を覚ましてくれ雨宮さん、稔二は優しいんじゃない、ただふらふらしてる八方美人野郎だ、あなたは弄ばれてるんだ、稔二に、作者に、そして運命によって! こんなにも切実な恋愛が叶わない世界が私は憎い!
「ななか」ファンの方が、もしこの日記を読んでいたら「ハア? お前何言ってんの?」って思うでしょう。まあ続きを読んでください。
そんなわけで、徹頭徹尾、報われない恋に生きたヒロイン、運命の悪意によって圧殺された少女、それが雨宮さんでした。
私の記憶の中では!!!
ところが、
「リトルKOSモス」経由で、こんな素晴らしい批評を読んだんですよ。
「天元突破! 雨宮ゆり子!」
「ヒロインの序列」というものに着目し、こう書いている文章です。
「かつての(特に、恋愛要素の強い)漫画では、主人公はメインのヒロインと結ばれなければいけなかった。途中から出てきた二番目三番目のヒロインと結ばれることはあり得なかった。許されない、それは物語の破綻だという常識があった。一番目のヒロインは運命的な演出によって守られ、二番目以降のヒロインは演出の支援もなく、『はじめから決まっていたこと』のように振られる」(要約・ますだ)
その典型的例として、いくつかの漫画を取り上げています。
雨宮さんについても熱く語られています。
引用しますよ?
そして戦乙女のように攻撃的な鎧を身にまとってはいるが、心の中身は昔の頃と変わらない、内気に、ずっと稔二の事を想い続け、時々乙女チックな空想を楽しみ、そしてやっぱりすぐに泣いてしまったりする女の子である事が稔二の前では、次第に明らかになって行く。ここらへんの内面描写が稔二と同量か、ともすればその上を行き、ライバルであるななかや七華を凌駕してしまっているのが、そのまま雨宮ゆり子のキャラクターの「強さ」に直結している。
(中略)
しかし、それでも「序列のルール」は彼女を阻むのだ!
(中略)
終盤のこの流れは、留学の設置含めて、雨宮が「序列二位」である事の限界を徹底的に見せつける展開になっている。…ヤンデレでも、傍若無人でも、物語を終わらせるテーマは七華が持っており、その玉璽は彼女が完全に掌握している。
(中略)
これだよ!これが奴らの常套手段なんだと!突然の転校!留学!これまで奴らはこうやって邪魔な「下位ヒロイン」をお手軽に葬り去って行ったのだ!ギャグマンガがバトルマンガになろうとも気にしない奴らが、何故か「序列のルール」だけは覆してはならない」という不可解な思い込みを持ち、上位を覆すおそれのある強い下位ヒロインには苛烈な展開を与えて「序列一位」のヒロインを守ってきた!雨宮もその処分をモロに喰らったヒロインなのだ!
引用終わり
そのとおりだ! と膝をたたき、共感に震えながら読んでいた。
序列の壁! なんてひどい作者の仕打ち、なんてかわいそうな雨宮さん。
連載読んでた時の「くうう……ここまでするか……あんまりだよ……」という悲しみが蘇ってくる。
切々たる名文であります。素晴らしい。
ところが。
リンク先の文章、この先を読んでみると、「雨宮の伝説」「雨宮の逆襲」「雨宮のターン」って書いてあるのだ……
雨宮さんは、漫画史上珍しい、序列のルールを突破したヒロインだと?
「雨宮との対決に破れた七華は」だと……??
うそ、雨宮さん勝ったの?
稔二が雨宮さんを選んだの……?
どこの異次元よ、それ?
赤松健の「Jコミ」で「ななか6/17」が公開されていたので、読んでみた。
……違う! 違う、これ違う!
私の知ってる「ななか6/17」とストーリーが違う!
はやや! マジで異次元ななか!
雨宮さんが全裸になって稔二の誘惑を試みる、などというシーンはどこにも無かった!
稔二を家に誘って「今夜は誰もいないの、私だけを見て」というシーンは確かにあったけど、それに対する稔二の反応は私の記憶と正反対!
「俺には七華がいるから」「やさしいのね、稔二くん」などというやり取りはない!
そもそも雨宮さんは稔二のことを稔二くんとは呼ばない!
漫画の中では、いろいろあって最終的に、雨宮さんが勝っていた。
旅行の帰りの鉄道の中でずーっと手を握ってるんですよ。
「これは擬似的なベッドシーンで、二人は結ばれたという表現ではないか」というシーンも有った。
っていうか、「私だけを見て」の後、スズメが朝にチュンチュンいってる!
比喩じゃなくて文字通り一夜を過ごしてる件!
それ以後、七華が奪還を試みることは無い。
最終的に、稔二の気持ちは雨宮さんの側に動いた、雨宮さんが体当たりでそれを掴みとったのだ、と描かれている。「雨宮のほうが好き」と言葉で言ったわけではないけど、行動で表している。
実物の漫画に、そう描いてある! マジで! いやマジで!
じゃあ、俺の記憶にある雨宮さんの、残酷な敗北は一体何なの。
おれ、雨宮さんが全裸になって「私だけを見て」って言うシーン覚えてるよ。
心と体の全てを投げ打ったのに、「俺には七華がいる」で完膚なきまでに玉砕したのを覚えている。
それほどの仕打ちを受けたのに、暴れることも喚くこともできず、「やさしいのね、稔二くん」と言ってしまう雨宮さんの性格に、涙を禁じえなかった……確かに覚えてるんだ! ほんとうだ!
好きな作品で、チャンピオン本誌の連載はかかさず読んでいたし、単行本だって集めた!
それなのに!
パラレルワールドか。
俺は違う世界から来たのかもしれない。
雨宮さんが完全敗北した世界から。
まあ真面目な話をするなら、「記憶の改竄・妄想」ということになるけど。
こんな鮮烈に脳裏に焼き付いてるものが捏造記憶だなんて、おれは明日から何を信じて生きていけばいいのか……
「記憶の鮮明さ」と「正確さ」は別なんだなあ……
しかし、「自分が望んでいる方向に記憶を改竄する」ならわかるけど、「自分が嫌がってる方向に記憶を改竄する」って、そんなことあるのかね、どういう心理的機構が働いているのだ?
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